星と石ころ日記

神戸在住。風の吹くまま気の向くまま。

 気がつけばいつだってひたすら何か探している〜天体観測

 
星猫。さんのブログを読んでいて、『天体観測』が久しぶりに聴きたくなった。
 
 
で、今更ながら歌詞の解釈などを書き始めたが、無駄に長くなって結局削除。(ちょっともったいなかったか?)
 
 
 
藤くん(藤原基央氏)いわく「ラブソングじゃねえよ」
 
 
発売当時の彼のコメント:
 
「人はいつも空を見て生きていると思うんですよ。子供の頃から星に恋こがれて、宇宙の果てのことを想像したり、天体望遠鏡をほしがって星座の名前を覚えてみたりとか。そこでは誰もがいつでも流れ星を探してるわけで。どんな悲しみの中でも喜びの中でも絶対追いかけているものがあると。でも、傷ついた過去や輝いてる過去を引きずるのも、期待に胸はせる未来に思いを託すのも、全然悪いことじゃないと思うんですが、それは全部、いまという要素がなければ成り立たないよと。(中略)未来や過去の歌ではなく、僕は”いま“を歌いたいと。いまを大切にしなけりゃどうしようもないと思って生きてるわけで。じゃあ、どうすりゃいいのって言うのは勝手に考えてくれと」
 
 
 
・・・引用長すぎ。
 
どんな風に曲を解釈しようと聞く側の自由。勝手に考える。
 
 
 
わたしはいつもこの曲を聴くとき、歌詞の「君」の部分を「僕」または「自分」に置き換えて聴いている。「君」とは「探し続けている僕の中にいる本当の僕」
 
 
望遠鏡で覗いているのは“イマというほうき星”
 
 
“イマ”を大切に生きるというのはどういうこと?
本当の自分を見つけて認めることかな?
それを探すために生きているのかな?
 
 
若い人のためだけの唄じゃない。だって死ぬまで探すんだから。
 
 
細かい歌詞の解釈は人それぞれ違うかもしれないけど、最近気になる部分がある。
 
 
「見えないモノを見ようとして」「知らないモノを知ろうとして」望遠鏡を覗き込んだのに、「見えてるモノを見落として」帰り道を駆け抜けた。
 
 
 
・・・・不必要な荷物まで担いでいって一生懸命見ようとしたのに、結局見えてるモノまで見落とすという顛末。
 
 
 
身につまされる。
 
 
ああ、だから死ぬまで探し続けないといけないのか。
 
 
 
結婚して、子どもを産んで育てて、看護師の仕事を続けて他のひとの人生に少しばかり関わってきて、ちょっとばかり知恵がついたって、いまだに悩むことばかり。
 
 
イマを生きてるよって大きな声で胸張って言えない。
 
 
10代、20代のひとたちが、迷ったり自分を見失ったりするのはあたりまえだよね。自分が若いころは、先輩たちがずいぶん大きく見えていた。
 
 
 
星に恋焦がれるのもよし、流れ星を探すのもよし。
 
 
 
人生には、正解なんてないんだよ。
 
 
だから怖がらずに、ここまでおいで。
 
百武彗星
 
 
 
 
 
 
 
 
今日の1曲:天体観測/BUMP OF CHICKEN
 
写真:百武彗星/星の写真館よりhttp://www.watv.ne.jp/~nishidas/index.htm



コメント プレイバック

1.トラバありがとうございます。私はまだ曲の一部をわかったつもりでいるだけで、"イマ"の意味だとか大部分は分かんないまま…で、とりあえずの解釈をしています。藤原氏が作った歌一つひとつには沢山の意味が隠されてますね。できるだけそれを見つけて拾っていきたいと思ってます。って決意表明になっちゃった;
Posted by 星猫。 at 2005年05月30日 01:41


2.何でこの日!?と思ったと思いますが笑。本題を先に言うと、ブログ始めたのです(照。そのうちあのサイトに載せようと思うのですが、その前にいつもブログ見させて戴いてる方に、見てもらったら嬉しいなと思いまして…。良ければ御覧下さい。http://blog.livedoor.jp/lostare0435/
Rinkoさんの解釈は素直に納得できること多いです。星猫。さんは本当に人間らしい方。二人とも大好きです。今を生きてるなんて胸張って言えなくても、前を見る努力をしている人はとても魅力的ですよ。何だかんだ言って、後ろを向いてたって人は生きていける。
Posted by 希 at 2005年06月09日 18:42