あこがれの場所までまだ遠く
どういうわけか最近患者さんの急変(急に容態が悪くなること)が続いている。
おまけに不穏の患者さんも多くて、朝も夜中も気が抜けない。
「不穏」っていうのは、今自分がおかれている状況が理解できず、例えばリハビリをしないと歩けないのにひとりで歩こうとして転んだり、点滴や鼻から入れている胃チューブを自分で抜いてしまったり。そういう人がひとりでも大変なのに、今4人。
不穏状態が強くなるとその人のそばを離れられず、したがってナースコールが鳴ってもすぐ他の病室には行けず、結局また別の人が転んだり。
神経張り詰めてストレスは無限大。おまけに度重なる急変。それもつらい検査をたくさん受けて待ちに待った手術直前の人だったり、やっと家の近くの病院に転院できると喜んでいた矢先の人だったり・・・・・
世の中、報われないこともいっぱいあるらしい。
家に帰ってから何もやる気がおきず、ゴロゴロ寝転がって漫画を読んでいた。
柴門ふみさんの、ある漫画にでてきた言葉。
「選択に迷ったら行動の基準は、“人として美しい”かどうかだけよ」
・・・・普段なら感動するようなことも、こんなに荒んでちゃまっすぐに捕らえられず、「奇麗ごと」「青臭い」「理想論」などなどつっこみを入れてしまった。
それで、こんな素敵な言葉に共鳴できない自分にまた落ち込む。
人間ってさあ、朝顔の蔓(つる)みたい。何かに巻きついていかないと、天に向かえないの。わたしが巻きついている支柱は、果たしてどんな形かな。いっそ支柱から離れて地面を這ったほうが幸せか?
“流れてく雲の 途切れた先に
ずっと消えず あの星があるなら
その果てに夢を見続けること
僕はまだ出来るだろうか”
今日の1曲:Passage / 山崎まさよし