涙雨
冷たい雨が降り続いた今日、友人の通夜に行ってきた。
わたしと同い年の、同じ仕事をしていた彼女。
遺された子供たちもほぼ同じ年で。
数年前から闘病生活を送りながらも、調子がよくなれば職場に復帰していた。
弱音を吐かず、いつも笑顔だった。
でも、仕事柄、自分の余命があとどのくらいか感じていたに違いない。
医療職ということは、知らなくてもいいことまでわかってしまうのだ。
それは、いいときもあれば残酷なときもある。
それでも最期まで精一杯生きた彼女。
苦しかっただろうけど満足だったのかな。
と、ちらっとでもそう思ったことが、間違いだったことに今日気づいた。
子供さんやご主人のことが心残りだったに違いない。
年老いたご両親より先に死んでいく自分が情けなかったに違いない。
ひととの別れを経験するたびに、読み返す言葉がある。
以前にここでも書いているので引用します。
医師であり、エッセイも書かれている徳永進さんという方が、『野の花の1日』というコラムの中で、次のように書かれている。
「生きていると、いろんな別れに出会わないといけない。別れはつらい、だから別れたくないと思うが、別れたくないなら、出会いを拒むしかない。
出会いを拒むことは、生きていこうとすると至難だ。生きてゆくことは何かに出会うことだろう。出会えば、別れが必然となる。」
出会いがあるから別れがある。
別れが悲しいのは、その出会いが素晴らしいものだったからだ。
この星に生まれてきて、出会えるのはほんの一握りの人たち。
あなたとわたしが出会えたのは奇跡かもしれない。
必ずいつか別れるならば
別れるその最後の日まで
出会えた奇跡に感謝しよう。
生きていることに感謝しよう。
ご冥福をお祈りします。